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2009.02.23 (Mon)

IAMAS卒展

IAMAS

2.22

タイミングよく大垣のほうまでいけたので、昨日まで開催だったIAMAS卒展を見に行ってきました。
僕の母校になるメディアアートの学校で、なかなかの変人が少数精鋭で集まる極めて変なところです。
電磁波が強いので、病む傾向にありますが、独特の流れをもつ貴有な学校です。

で、さすが、作品のクオリティーは高かった。
終わり間際の一時間しか居れなかったから、あんまりじっくりは見れなかったけど
みんなよく作ってました。
ってものすごい投げやりな感想ですが、素直にあの空間を楽しめました。
これが大事です、はい。

僕が所属してたCGI科の作品はみたのはどれもCGアニメーションでした。
どれもクオリティーは高くて、すげぇなとただただ感心。
全体的にポップな印象を受けました。
なかなか現実的で、わりと大人っぽい感じだったかなぁ。
社会性的なものは感じられませんでした。

まぁ何よりいろいろ作品を体験している最中に、知り合いの人が登場してくるタイミングがおもしろかったです。
やっぱりIAMASという時間も一つの重要な通過ポイントであるので、そこで出会った人たちの印象は忘れません。
あった瞬間に、最後に会ったときのポイントに自然に戻るわけです。
みんなそれぞれアーティストやクリエーターであり、常にいいものを作っていこうっていう意識がある人たちばかり。
見た瞬間、にやりとしてしまうあの感じがいいですね。

今にしてみれば、僕の卒業制作なんて、まるで頭の中でのイメージもまとまってないのに
とりあえず制作していく的なものだったから、もうドロドロでした。
ベクトルの方向性だけ見せたみたいな。
でもあの頃の作品にたいする模索感とかは今は失われてきているかもって
卒展にいって思いました。
常に作品を作るんだという意識をもっていくことは大事だなぁっと改めて思う。
そろそろ次の作品制作に向かっていこう。

また飲みたいですね。


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12:56  |  戯言  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2009.02.18 (Wed)

◇ 大阪に カンカンと

ということで、大阪いってきました。
カンカン男祭りです。
ドラムカン(スチールパン)とアフリカン(ジェンベ)、爆音打楽器男祭り、for バレンタイン。

ライブ前のご飯はニューライトというオシャレなお店でした。
貴婦人、入店不可能みたいなたたずまいですが、中に入ると有名人らしきサイン色紙がずらりとコレクションされてました。
歴史をビンビン感じます。
で、オムライスとラーメンセットを食べました。
まさに昭和の味、トリップ大成功です。
今度はセイロンライスをトライしてみようと思います。

ニューライト


肝心のライブはというと、だ~いせ~こ~。
爆音、生ライブ、やっぱり現場が一番です。




*Rustic pans / カルメン組曲




*Folikan / ジャラディー(神戸)→マンジャニ



Rustic pansもFolikanも、2005年に旅をしたときにウメちゃんのお導きで出会ったバンド。
ウメちゃん、最近はどこで何してんのかな。






実は今回、京都の映像マンと一緒にライブ撮影というのが狙いでした。
が、残念ながら京都の映像マンはライブにたどり着くことは出来ず
相変わらずのソロシューティング。
出来るんだけど、出来ないこともいっぱいあって、あぁ残念と思うこと多々。
くやしいぞ。
でも、もうすぐきっと見つかる、僕のパートナー。

テーマ : 動画 - ジャンル : コンピュータ

タグ : 映像 Folikan Rustic pans ジェンベ スチールパン アフリカン

15:14  |  映像  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2009.02.11 (Wed)

東京に

ひょんなことから、突然東京に来てます。
新しい展開もとめて、新しい旅を・・・。
今年は自分の新しい色を手に入れるためにいろいろ挑戦していきたいと思ってます。
今までやってなかったことに対して、どんどん門を開いていこうと。

ひさしぶりに体調の良い状態で東京に来ました。
昨日は満員電車もなんのその、人ごみの多さもかかってこいって感じであちこち大都会を駆け回りました。
もう東京もすっかりなれましたな。

渋谷での用を済まし、時間ができたのでだれか知り合いいないかなーってアンテナのばしてたら
NY時代の仲間があの大スクランブルからひょいとあらわれました。
お、いい感じ。
その後も、いい感じでいいタイミングでひさしぶりの友人と会えたし、調子良い。

今日はポレポレにいってチェゲバラを見てこようと思っとります。
最近、アメリカが落ちぶれてきて、新聞などにもキューバ特集がされてたりしてます。
貧しくても明るく元気で有機的な暮らしをするキューバ。
憧れの国。

明日まで東京でいろいろ吸収して、そっから西へ向かおうとおもいます。
15:10  |   |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2009.02.09 (Mon)

ネコのあれがあれで、目が・・

昨日は、愛知、岐阜を人から人へと駆け巡りました。
愛知三好での朝一の舞台撮影から始まり、長久手いったり、岐阜揖斐川いったり
春日村の薬草温泉にどっぷり入り、お月見したり。
最後はどんどん雰囲気が変わってきているトラベシアでまったり。
いろんな人にも会えてなんだか新しい気持ちにもなれたいい一日でした。
正月ボケ、実家ボケしてたのからようやく目が覚めて、旅が始まったって感じ。


今日は満月です。
それが原因かどうかはわからないけど、家にいるおばあちゃん猫チャコが、突然痙攣を起こしました。
全身ひきつけで倒れたままビクビクして、呼吸もできてないみたい。
僕の目の前でそれは起きて、どうしたらいいかわからなかったけどとりあえず抱きかかえました。
しばらくすると収まり、チャコもまだ怯えていたけど、ひとまず大事には至らなかったからよかった。
今は丸くなって眠っています。


それからは、猫アレルギーな僕が大変。
右目はぼっこしはれて開けてられないし、涙、鼻水ずるずる、くしゃみもひどいもんです。
やれやれ、なんなんだいったい、猫アレルギーって。

13:15  |  戯言  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2009.02.07 (Sat)

VS パソコン

撮影してきたら、やっぱりその後は編集作業というのが待ってます。
ものにもよるけど、始まったらとことんパソコンと向かい合います。
これが本当に鬼門です。
何がって自分自身の精神力ももちろんですが、パソコンを使うってこと。

今は、パソコンの性能がめちゃくちゃ良くなって、かなりスムースに編集が進むようになりました。
始めたころは、ちょっと動かすとすぐフリーズ。
再起動しなおして、またやり直し。
やり直したと思ったら、また同じところでフリーズ。
さらに何十時間もかけていよいよ完成っていうころに限って、クラッシュ。
夜中の3時に発狂、なんてこと幾度となく体験しました。
この世の終わりのような気持ちになります。

最近はそういうことがだいぶ減りました。
が、油断してるとそれは突如やってきます。
パソコンってほんと気まぐれ。
なぞです、なぞ。
どんどん新しいものが出ていってますが、今の状態に特に不満がなければ
それを維持していくほうがストレスなく作業できるかと思う。
むやみに新しいものに手を出すと、安定性が悪かったりして面倒なことになることもあるのです。



ちなみに今回は編集したものを書き出すと、音がないっていう病気。
あんた、つい先日まで、そんなことなかったっしょ!?って素直に思います。
そういう過去にない症状が出ると、また途方もない闇を抜ける治療が必要となってきます。
それを乗り越えることも映像制作における一つの壁であるのです。
今回はOSの再インストールまで行く羽目になり、それでも治らなかったという・・・。
でも結局は、実に簡単な方法で症状は治まりました。
パソコンはよーわからん。

↓こんな画面を見ながら、編集作業はひたすらつづく。premiere


Adobe Premiere Pro CS4をお使いの映像屋の方。
「メディア書き出し」でデータを書き出した際、音声が書き出されないという症状がありました。
タイムライン上のプレビューでは音は出ています。
premiere、Media Encoder共にも4.01にアップデートしましたが改善されません。
結局、解決策として、同プロジェクト内に新たなシーケンスを作って、そこに編集データをコピー&ペーストしたら音は出るようになりました。
つまりシーケンスがおかしくなったということですね。
特に作業していて、おかしなこともなかったので、意味不明です。
ほんと編集って・・・修行です。

テーマ : 映像・アニメーション - ジャンル : 学問・文化・芸術

13:24  |  映像論  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2009.02.04 (Wed)

2/14 大阪!カンカン男祭り!

三十路を目前に控えた独身男にとって、実家暮らしは少々酷なものがあります。
周りを家に囲まれた団地の中での悶々とした生活。
まったく何も起こらない環境化の中、テレビや新聞、インターネットの情報で外の世界をのぞく。
部屋で一人、音楽を聞く、映像を見る。
でも全然肌で感じられない、メッセージが伝わってこない。
不感症な僕。
作業もまるで進まない。
結論、うごかなければ!



と、いうことで西のほうへ・・
ミラクルでアゲアゲの浪花スチールパン衆と九州アフリカン野郎の饗宴、カンカン男祭りにカメラマンで出動します。
熱いバイブス感じて生きていきたいのです!

ってな気持ちを前に出したら、楽しい話は色々わいてくるわけで、やっぱり世の中は自分次第で景色が変わってくるんだな。
よし、流れが変わった。




2009年2月14日(土)  カンカン男祭り!(大阪)
SUNHALL   
出演:FOLIKAN 
    Rustic pans
時間:開演18:00 開演19:00
料金:前売り2,500円/当日3,000円 要・別途ドリンク代
○大阪市中央区西心斎橋2-9-28 サンボウルビル B2  
○問・予約:06-6213-2954

08年、祭り男衆11人での九州ツアーを敢行。連帯と結束がうまれ、
通常あり得ないコラボレーションに会場は大興奮、そんな狂喜乱舞なガッツリ祭りの
vol,4、  今回は大阪と神戸の二会場で流します。
13:03  |  予定  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2009.02.01 (Sun)

カメラを向けるという行為

昨日は意識が朦朧としている中、夜な夜な映像に対する想いを書きなぐっていました。
朝、目が覚めて改めて読むとちょっと恥じらいもあってポッと顔がほてりますが
まだ思春期は続いてますので、今夜も徒然なるままに・・・。


カメラを向けるという行為。
これって映像やってるものにとって、特にドキュメンタリーを意識するものにとって
避けては通れない大きな課題だと思う。
なぜなら、まず基本的に人はカメラを向けられるという行為が非日常だから。
撮影するという舞台が整っていればそれはその世界だから違うけど、カメラって日常の中でいきなり構えられるととても威圧的。
自分はカメラマンだからと自分勝手な理由をつけて随分と横暴にカメラをまわしていた時期が長かったけど
ここ最近はカメラを向けるという行為は慎重にやるようにしている。

なぜ、カメラを向けるのか?
なぜ、記録するのか?

基本的に記録しなくていいことは記録しないほうがいい。
何事においても要らないものは要らないし、荷物は軽くしていきていきたいという気持ちがあるので
記録に関しても残すべきものが残っていればそれでいいと思ってる。
難しいのはその“残すべきもの”というのが何かということ。
つまり伝えていきたいものということなんだけど、それがどこまで明確になっているかで記録する内容が変わってくる。
たとえば僕の場合、サヨコオトナラという音楽バンドを3年間追い続けた。
始めは、とにかく目の前に起こる現象を撮り続けた。
サヨコオトナラという世界観がまだ見えていなかったから、とにかく見えるものを撮っていった。
その中で決定的瞬間(映像だから決定的時間になるけど)を押さえるんだという気持ちが強かった。
その結果、眠ったままの映像記録は山のようにあるけど、いい場面もいっぱい撮れた。
それでも本質をとらえれているかというとまだ疑問に残るところではあるけど。

今は、なるべく撮らないようにしている。
さっき言った荷物は軽いほうがいいという考えの元、
撮るべきものを撮ろうという意識がそうさせているんだけど、でもそれが非常に難しい。
どこがポイントなのかということを自分の中で明確化されていないと、
決定的瞬間を逃したまま時間は過ぎていく。
過ぎた時間はもう戻ってはこない。

プロとアマの違いはそれで食べているかどうかということなんだろうけど、
腕のいい悪いはまた違ってくる。
それで食っていってるからと言って必ずしも腕がいいとは限らない。
当然、そうであるべきなんだけど、高い機材を持っているだけのはっきりひどいプロのカメラマンなんてごろごろいる。
常々思うのだけど、カメラマンの腕って

まず決定的瞬間に立ち会えるかどうか、
その上でその瞬間を押さえれるかどうか、
さらにその瞬間をどう押さえるか、


の3つだと思っている。
その時にいなければ、話にならない。
その時にいても、カメラを向けていなければ撮る事ができない。
その時にいて、カメラを向けていても、技術がなければ形として崩れてしまう。
要は、決定的な瞬間がくるのを予測して、構えて、どうキャッチするか。
狙っているという表現をよく使われるけど、まさにカメラマンは狙っている。
ある意味、ライフルと一緒。
機関銃のように闇雲にカメラを向けるというやり方もあることはある。
でもそれはいつか必ず弾切れを起こしてしまうし、何より周りにご迷惑をかける。
ゴルゴ13のように、難しい状況下の中でも一発で仕留める、それが腕前というもの。
実に自然体で漂々とその場を漂いながら、そしていざその瞬間が来たとき、それはもう無意識の中で、その世界を切り取れる存在、それが理想のカメラマン。

今はカメラマンがいっぱいいる。
そりゃカメラを持っていれば誰だってカメラマン。
映像の世界はハマれば面白いし、力があるのは間違いない。
だからこそ、カメラを向けるという行為は慎重であり、神聖なものでなければならないと思っている。



ただし、これからの先、映像がもう必要でなくなる時代がやってくるようにも思える。
“その時”がきたら、カメラを向けるという行為をきっぱりと終えれるよう、
“その時”がくるまで映像の旅をつづけていきたい。

テーマ : 映像・アニメーション - ジャンル : 学問・文化・芸術

02:25  |  映像論  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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